想ってブログ

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「嘘と宝石とローズマリー」に出てくる阿片について

 中世ヨーロッパ風な緩い社会派ファンタジーを書いてます。その「嘘と宝石とローズマリー」の中で、主人公の少年が小さい頃主人に阿片の闇取引に行かされていた話があるのですが、この阿片について。阿片を焚いて吸煙する麻薬としての使い方は近世以降に行われるようになったもので、中世ヨーロッパ風な世界の中(ファンタジー)では阿片は精製前の薬物の一種として書いてます。設定上の問題なので気にならなければ読み飛ばしていただいて大丈夫ですが、一応説明しておきます。

 阿片はケシの熟していない果実に浅い傷をつけてそこから分泌する乳状液を日光で乾燥させて作る。この技術は先史時代から知られていました。

 ヨーロッパ原産で、古代地中海文明で栽培され病気の治療に使われていました(下痢、発熱、疼痛)。阿片を摂取すると幸福感を得ることが古くから知られていて、依存性があり過剰摂取は死の危険があります。皇帝ネロらによって殺人に使われたとも言われます。皇帝マルクス・アウレリウス(主治医はガレノス)も服用量をコントロールしながら服用したとされています。

(ヘレン&ウィリアム・バイナム『ビジュアル版世界有用植物誌』柊風舎 2015年 p85)

 

 その後中世頃イスラム圏で鎮痛、催眠等の薬として使われていたのがヨーロッパに入ってきます。ただ、大量のケシから少ししか取れず阿片を取り出すのに手間暇かかるというのでそんなに普及していなかったのではないかと思います。中世ヨーロッパで精製前の粉をそのまま生で吸引する麻薬としての使い方もあったらしいので(エイミー・スチュワート『邪悪な植物』朝日出版社 2012年 p142)、どちらにしろこのファンタジー世界の表の社会では堂々と売ってない物としています(一応、今の感覚の阿片、違法麻薬の闇取引として読んでいただいても話は通じると思いますが近世以降のように中毒患者や死者が続発して危険視され違法性が高い訳ではありません)。

 マト少年(10才)が毒殺あるいは麻薬の方の用途で阿片を買いに行かされた時に、総長(28歳)はこれを薬として求めて取引の場に現れ、殺されそうなマト少年を助けたのでした。他の植物はあんまり闇取引しないと思うので阿片にしたのと、それからこのシリーズの未発表の話で、総長は当時無かった外科手術時に使う麻酔薬を開発しようと研究していて、阿片はその為に入手いたという事情がありここで登場させました(自分で栽培、採集は現実的に困難)。

 現実ではのちの時代に阿片からモルヒネを抽出する方法が確立し、麻酔として医療に欠かせないものとなりました。

 

 ホメロスの「オデュッセイア」第4書に、苦悩をたちまち忘れさせる(ネペンス)というエジプトから来た薬が出てきます。これが阿片と言われていて、ケシに催眠作用があるのはかなり古くから知られています。

「すぐれた効目のあるもので、トーンの王のお妃の、ポリュダムナというエジプト婦人が

くれたものだが、その国ではもっとも多く麦をみのらす田畑が

薬の草を生産する、たくさん役に立つものも、有毒なのもたくさん入れ混ぜ

生えて出るのを、国人はみな各自がよくわきまえて、卓越した

医師だ、というのも(医神)パイエーオーンの家系に属するためとのこと。」

(ホメーロスオデュッセイアー』(上)呉茂一訳 岩波文庫 1971年より)

 

 実際の中世ヨーロッパでも毒殺はそこそこあったようです。「嘘と宝石とローズマリー」に出てくる領主様も伯父と義兄を毒殺されています。のばらさんが執務室に飲み物を持ってくる場面がありますが、領主様は乳母とのばらさん以外に自分のコップを絶対に触らせません。だからのばらさんが持ってきたのです。(逆に、誰かの陰謀で毒殺されたらこの二人のどちらかのせいにされるので本当は領主様はうっかりものののばらさんにこの仕事をさせるべきではありません)

 ジギタリストリカブトなど、その辺にも生えていて容易に手に入る毒草もあり気をつけないと恐ろしいことになりますが、毒を持つ植物は一方で治療薬としても様々に利用されます。毒と薬は植物の裏と表、人間に役立つ効能と分量を使えば薬になり、人間を死なせる効能と分量で毒になります。